上勝田村(読み)かみかつたむら

日本歴史地名大系 「上勝田村」の解説

上勝田村
かみかつたむら

[現在地名]佐倉市上勝田

高崎(たかさき)川の支流南部(なんぶ)川に沿い、北は墨(すみ)村(現酒々井町)、西は下勝田村。中世は白井(しらい)庄の加納勝田が成立し、下勝田とともにその遺称地とされる。天正一八年(一五九〇)一〇月九日の松平伊昌知行書立に上勝田村とみえ、松平伊昌が当村など九ヵ村二千石を知行している。「印旛郡誌」は古老の伝として大宮(おおみや)神社を祀る当村と天満神社を祀る下勝田村が祭神の反目から江戸時代に分村したと記すが、天正期には上下に分村していたとみられる。その後佐倉藩領となり、寛永八年(一六三一)の土井利勝家臣寺田与左衛門判物(「下総旧事」東京大学史料編纂所蔵)に「佐倉領之内上勝田村谷地新田ニ見立」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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