上厚崎村(読み)かみあつさきむら

日本歴史地名大系 「上厚崎村」の解説

上厚崎村
かみあつさきむら

[現在地名]黒磯市上厚崎

東は下厚崎村、南は上大塚かみおおつか新田東沓掛ひがしくつかけ村、西・北は入会原野の大輪地おおわじ原。正慶二年(一三三三)の板碑が村内にあり、村の起源は鎌倉時代末まではさかのぼることもできる。天正一九年(一五九一)の那須与一郎資景知行目録(那須文書)には下厚崎が二ヵ所記されることから、一方が上厚崎の誤りでないかと考えられる。近世は初め那須藩領、寛永二〇年(一六四三)から幕府領。奥州街道鍋掛なべかけ宿の助郷村で勤高一七〇石(黒磯市誌)。寛永一五年の書上(室井昭文書)によると家九、年貢は永四貫九五一文・大豆一六俵。天保年間(一八三〇―四四)の家数七(改革組合村)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...

付和雷同の用語解説を読む