上吉富村(読み)かみよしとみむら

日本歴史地名大系 「上吉富村」の解説

上吉富村
かみよしとみむら

[現在地名]神崎町吉富

下吉富村の北西猪篠いざさ川下流の谷間に位置する。同川沿いに生野いくの街道が南北に通る。神東じんとう郡に属し、北は多可たか大山下おおやましも村。中世には吉殿よしとの庄・吉殿村とよばれた。慶長国絵図に上吉殿村とみえ、一里塚が記される。江戸時代の領主の変遷は粟賀あわが村と同じ。正保郷帳では田方二二六石余・畑方三六石余、「旱損所・柴山有」と注記される。寛文四年(一六六四)の池田政直知行目録写(池田家文庫)に上吉富村とみえ、元禄郷帳には「古ハ吉殿村」と注記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む