上大屋村(読み)かみおおやむら

日本歴史地名大系 「上大屋村」の解説

上大屋村
かみおおやむら

[現在地名]大胡町上大屋

南流する荒砥あらと川が形成した河岸段丘左岸の段丘上にあり、南に下大屋村(現前橋市)がある。古くは上・下大屋村は一村であったと考えられる。下大屋で古代郡衙跡と推定される遣跡が調査された。産泰さんたい道が南北に通じ、下大屋産泰神社参詣の通路であった。村の中央に千貫せんがん沼があり、沼に囲まれた一角中世の城塁やつみね堡跡がある。「寛文朱印留」に村名がみえ、前橋藩領。寛文郷帳によると田方五二石余・畑方二二石余。明和元年(一七六四)の村明細帳(上大屋区有文書)によると家数二〇・人数八三、馬三。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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