上宮守村(読み)かみみやもりむら

日本歴史地名大系 「上宮守村」の解説

上宮守村
かみみやもりむら

[現在地名]宮守村上宮守

宮守川上流部、下宮守村の北東にあり、同川や支流の寺沢(てらさわ)川流域に集落が点在する。遠野街道が北西の達曾部(たつそべ)村から南東の上綾織(かみあやおり)村(現遠野市)に抜け、当村で分岐した道が下宮守村を通って花巻に向かう。上宮森村とも記され、古くは下宮守村と一村で宮守(宮森)とよばれた。寛永四年(一六二七)上宮森村の高四六五石余が八戸弥六郎直義(遠野南部氏)知行地となった(「南部利直知行宛行状」三翁昔語)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

東日本大震災を受け2011年6月に成立した津波対策推進法で、故事「稲むらの火」にちなみ、11月5日と定めた。江戸時代の1854年11月5日(旧暦)、安政南海地震で大津波が発生。現在の和歌山県広川町で...

津波防災の日の用語解説を読む