上小津田村(読み)かみこつだむら

日本歴史地名大系 「上小津田村」の解説

上小津田村
かみこつだむら

[現在地名]北茨城市華川はなかわ町上小津田

花園はなぞの川の中流左岸に位置し、山地で、東は下小津田村。古くは下小津田村と一村で小津田村と称し、分村時期は明らかでない(→下小津田村。「大塚誌」に元禄一一年(一六九八)頃の村高として「四百四十三石八斗二升 上小津田村」とある。翌一二年以降天領旗本領の五給支配地となった。安政五年(一八五八)の村役人手控(北茨城市役所蔵)によると、天領の石高一五八・九〇七石、四旗本領は各七八・九石余、村高合計四七四・八石余、家数三八・人数二〇九である。

万延元年(一八六〇)の天領分の村差出帳(同市役所蔵)に「野場壱ケ所 右は当村之内くぬけ山と申山御料他領入会之場ニ御座候長サ壱里余横拾五町余尤当村下小津田村中妻村臼場村下相田村小豆畑村入会場ニ御座候」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む