下小津田村(読み)しもこつだむら

日本歴史地名大系 「下小津田村」の解説

下小津田村
しもこつだむら

[現在地名]北茨城市華川(はなかわ)町下小津田

花園(はなぞの)川の支流根小屋(ねごや)川が村の南寄りを流れ、低い山が続く。南は車(くるま)村。

昔は上小津田村と一村で小津田村と称した。文禄四年(一五九五)の岩城領検地目録(静嘉堂文庫蔵)に「五百弐拾六石壱升五合 小津田村」とみえ、同年の岩城領小物成目録(秋田県立図書館蔵)によれば「同(桑)五十三本 此綿弐百十弐匁」「同(漆木)十束 此漆七拾匁」の小物成が課されている。二村に分村した時期は、「新編常陸国誌」は「元禄十五年ノ石高七百六十四石一斗四升七合、後分レテ上下二村トナル」とし、明治三〇年(一八九七)刊の「茨城県町村沿革誌」では「貞享年間分テ上下二村トナル」とあり明らかでない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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