上彦間村(読み)かみひこまむら

日本歴史地名大系 「上彦間村」の解説

上彦間村
かみひこまむら

[現在地名]田沼町飛駒ひこま、群馬県桐生きりゆう梅田町うめだちよう四―五丁目

彦間川の上流に位置し、東・西・北を山に囲まれ盆地状を呈する。東は近沢ちかさわ峠で作原さくはら村、西は老越路おいのこうじ峠で上野国山田やまだ二渡ふたわたり(現桐生市)と結ばれる。南は下彦間村、足利郡名草なぐさ村・松田まつだ(現足利市)。年未詳七月七日の長尾顕長書状(園田信雄氏所蔵文書)に「上彦間」とみえる。慶安郷帳に上彦間村とみえ、田一五二石余・畑一千九九〇石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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