上打穴里村(読み)かみうたのさとむら

日本歴史地名大系 「上打穴里村」の解説

上打穴里村
かみうたのさとむら

[現在地名]中央町打穴里うたのさと

南は上打穴中村、西は上打穴北村で、打穴川流域の谷と東の山地よりなる。東は原田はらだ村で打穴川の谷から原田中村亀甲かめのこうへ通じる道がある。もと上打穴村で、正保二年(一六四五)上打穴北村と上打穴上村に分村。寛文七年(一六六七)上打穴上村は上打穴上村と上打穴中村とに分れ、さらに延宝六年(一六七八)上打穴上村は上打穴上村と上打穴里村に分れた(作陽誌)。上打穴里村は弘化元年(一八四四)本郷・分郷に分れたが、文久三年(一八六三)合一した(久米郡誌)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む