原田中村(読み)はらだなかむら

日本歴史地名大系 「原田中村」の解説

原田中村
はらだなかむら

[現在地名]中央町原田(はらだ)

皿(さら)川に沿って南北に低地が広がり、西は原田西村、北は下打穴中(しもうたのなか)村、東は原田東村、南は西幸(さいこう)村。津山と岡山を結ぶ備前往来(津山往来)が通る。寛文元年(一六六一)原田村を東・中・西の三村に分けたという(作陽誌)。元禄一〇年(一六九七)の美作国郷村帳では原田中村の高五一九石余。「作陽誌」の戸口は四八軒・二五八人。領主の変遷は小原(おばら)両村と同じ。明治五年(一八七二)原田西村などと合併して原田村となる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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