上朝比奈村(読み)かみあさひなむら

日本歴史地名大系 「上朝比奈村」の解説

上朝比奈村
かみあさひなむら

[現在地名]浜岡町上朝比奈

比木(ひき)村・上比木村の北、新野(にいの)川支流の朝比奈川上流部に位置し、牧之原(まきのはら)台地の丘陵と沢よりなる。西の下朝比奈村とともに古代・中世の朝夷(あさひな)郷の遺称地。文和二年(一三五三)三月九日の遠江守護今川範国書下(平田寺文書)にみえる「朝夷郷内浅尾谷」は当地字小泉(こいずみ)の朝生谷(あそうや)池付近に比定される(→朝夷郷)。江戸時代初めは朝比奈村一村で高二千二八二石余、横須賀藩領。「寛文朱印留」に上下二村がみえ、同藩領。元禄郷帳には「上下朝比奈村」とあって、高二千六六一石余。国立史料館本同郷帳によると旗本宮城領・同高木領の相給。享保郷村高帳では上朝比奈村の高一千二〇一石余、高木領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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