上木作村(読み)かみきつくりむら

日本歴史地名大系 「上木作村」の解説

上木作村
かみきつくりむら

[現在地名]木造町 有楽町うらくまち種取たねとり千代町ちよまちの一部

南は蓮沼はすぬま村、北西下木作しもきつくり村に続き、東に田圃を隔てて蘆沼あしぬま村。

元和年間(一六一五―二四)の開村といい(木造町沿革史)、「西津軽郡史」では元和の末頃という。天和三年(一六八三)の広須御新田所図に「上木作」とみえる。村名の作と造の字は混同して使用される。元木作もときつくり村とも称したが、上木作村といわれた理由は、木作・下木作・上木作の三ヵ村を含む木作村最古の村であり、村の発達によって三社さんしや(現三新田神社)の位置が下になり、それでは村が繁栄しないので社地を上と称したともいう(木造町沿革史)。享保一二年(一七二七)広須組に属し、広須通二三ヵ村の一つで村位は下とある(平山日記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む