上杉憲春(読み)うえすぎのりはる

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「上杉憲春」の解説

上杉憲春 うえすぎ-のりはる

?-1379 南北朝時代の武将。
上杉憲顕の子。永和3=天授3年鎌倉公方足利氏満のもとで関東管領,翌年兄能憲の跡をつぎ武蔵(むさし)守護となる。足利義満にかわって将軍になろうとしている氏満をいさめたがききいれられず,諫書(かんしょ)をのこして永和5=天授5年3月8日自殺した。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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