上杉憲秋(読み)うえすぎ のりあき

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「上杉憲秋」の解説

上杉憲秋 うえすぎ-のりあき

?-1455 室町時代の武将。
上杉禅秀の子。応永24年父の挙兵(上杉禅秀の乱)失敗後,弟教朝(のりとも)とともに京都にのがれ,将軍足利義持につかえる。29年義持の命で鎌倉公方足利持氏を討つため関東におもむき,各地を転戦。享徳4年1月21日武蔵(むさし)分倍河原(東京都)で持氏の子成氏(しげうじ)とたたかい,敗れて自殺した。憲顕ともかく。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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