上東山村(読み)かみひがしやまむら

日本歴史地名大系 「上東山村」の解説

上東山村
かみひがしやまむら

[現在地名]山形市上東山・上柳(かみやなぎ)・下柳(しもやなぎ)・千刈(せんがり)・伊達城(だてじよう)・立谷川(たちやがわ)

瀬(せ)ノ原(はら)山(一一八二・二メートル)の南斜面に発する高瀬(たかせ)川渓谷東岸に沿う山村。江戸時代初期は下東山村と合せて一村で、寛永一三年(一六三六)の保科氏領知目録では東山村の高一千三〇二石。同一六年の定納一紙(東山地区文書)では高一千四七三石余、反別田二四町四反余・畑五五町余。正保郷帳では田九八六石余・畑三一五石余・寺社領六五三石余。寛文八年(一六六八)の年貢割付状(東山地区文書)では上東山・下東山の二ヵ村に分村している。明和六年(一七六九)の村明細帳(秋元文庫)によれば上東山村の高六九〇石余、反別四五町五反余、家数八八(うち本百姓五四・名子一五・水呑一九)・人数四四三。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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