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上林久茂 かんばやし ひさもち

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

上林久茂 かんばやし-ひさもち

1542-1606 織豊-江戸時代前期の武将,茶師。
天文(てんぶん)11年生まれ。織田信長につかえ,本能寺の変では徳川家康を岡崎へ帰還させるのに功があった。のち豊臣秀吉につかえ,山城(京都府)宇治郷に茶園と田390石の朱印地をあたえられ,製茶の任にあたった。慶長5年宇治代官となる。千利休の門人。慶長11年6月7日死去。65歳。号は休(久)徳。

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朝日日本歴史人物事典の解説

上林久茂

没年:慶長11.6.7(1606.7.11)
生年:天文1(1532)
宇治茶師上林家の始祖久重(宗印)の長男。号久徳。父子ともに丹波国上林郷(京都府綾部市)を出て近江国に入り,浅井長政に仕えた。主家滅亡後,山城国綴喜郡宇治郷(宇治市)に土着して茶師(宇治の碾茶を扱う特権的な茶業者)となる。信長,秀吉に引き立てられて天正17(1589)年には知行390石を給され,宇治在来の旧家である森彦右衛門と並んで御茶頭取を勤め,掃部丞を名乗る。久重の4男政重(竹庵)が家康に仕え,慶長5(1600)年に伏見城で戦死した軍功もあって上林家は江戸幕府に厚遇され,掃部丞に490石,政重の子又兵衛(政信)には300石が給付され,掃部丞は宇治郷代官兼御茶頭取を勤めた。<参考文献>『新訂寛政重修諸家譜』19巻,『宇治市史』3巻

(葉山禎作)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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