上柱田村(読み)かみはしらだむら

日本歴史地名大系 「上柱田村」の解説

上柱田村
かみはしらだむら

[現在地名]岩瀬村柱田はしらだ

今泉いまいずみ村の南、なめ川南岸の丘陵に立地。須賀川から会津への道が通る。文禄三年(一五九四)の蒲生領高目録に「柱田」とみえ、高一千四五〇石余、多田弥平二ほか三名の知行地。白河古領村郷高帳では上柱田・下柱田二村に分離しており、上柱田村の高四〇四石余。寛文一三年(一六七三)検地では高四五三石余(福島県史)。元禄九年(一六九六)下柱田村が当村百姓持分のくね林に溜池を新設したので替地を同村に要求し、同村ざるくぼの地を得ている(「扱証文」同書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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