柱田村(読み)はしらだむら

日本歴史地名大系 「柱田村」の解説

柱田村
はしらだむら

[現在地名]保原町柱田

所沢(ところざわ)村・下保原村の東に位置する。北部は平坦部、南部は丘陵。現宮城県丸森(まるもり)町の四十九院家蔵の遠藤康清遺言状に「奥州伊達郡柱田郷霊仙城国司幕下遠藤左京大夫七代孫遠藤源太左衛門藤原康清」とある。遠藤左京大夫は北畠顕家の家臣で当村に土着した南朝方の武士といわれる。文禄三年(一五九四)の蒲生領高目録では高八七三石余。近世初期の邑鑑によると免三ツ、家数五六(役家二一、肝煎・小走二、寺・山伏・脇家三三)、人数一五六、役木として桑と楮少しがある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む