上稲毛田村(読み)かみいなげたむら

日本歴史地名大系 「上稲毛田村」の解説

上稲毛田村
かみいなげたむら

[現在地名]芳賀町上稲毛田

八ッ木(やつぎ)村の南東に位置し、村内を大(おお)川が南流する。北は給部(きゆうぶ)村。烏山(からすやま)城下に通じる烏山道と、祖母井(うばがい)村に至る道がある。慶長五年(一六〇〇)から黒羽藩領で(「大関家系図」黒羽町公民館蔵)、慶安郷帳では田一五五石・畑一四五石で同藩領(旧高旧領取調帳でも同藩領)。元禄郷帳では高二〇四石余で、古は稲下田村と書いたとある。文化年間(一八〇四―一八)の「創垂可継」によれば、田二七町八反余・畑五六町余、家数六一で、用水溜池一二ヵ所のうち半数が利用できなくなっているという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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