上船子村・下船子村(読み)かみふなこむら・しもふなこむら

日本歴史地名大系 「上船子村・下船子村」の解説

上船子村・下船子村
かみふなこむら・しもふなこむら

[現在地名]厚木市船子(ふなこ)

高松山(たかまつやま)丘陵の東、長谷(はせ)原の東端に位置し、西は長谷村、南は愛甲(あいこう)村。恩曾(おんぞ)川が村の北東部を北から東南に貫流する。

正平七年(一三五二)二月六日将軍足利尊氏充行下文(県史三)によれば、恩賞として「愛甲庄内船子郷」が本郷家泰に与えられている。また享徳二六年(一四七七)九月一〇日の報国寺寺領目録写(同書)に、鎌倉報国(ほうこく)寺休畊(きゆうこう)庵領当知行の地として「舟子内半在家」がある。永正一六年(一五一九)四月二八日の宗瑞(伊勢長氏)箱根領注文(同書)には「はこねりやう所々、菊寿丸知行分」として「八くわん文 中こほりふなこ」とみえ、小田原衆所領役帳には、坂口喜十郎「百壱貫九百五拾弐文 中郡船子」、桑原五郎左衛門「拾貫文 船子近所辻」、幻庵知行分のうち御新造知行分「八貫八百五拾文 中郡船子内箱根分 卯検見辻」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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