上茂木村(読み)かみもぎむら

日本歴史地名大系 「上茂木村」の解説

上茂木村
かみもぎむら

[現在地名]玉村町上茂木

北端を日光例幣使街道が東西に通り、中央やや南寄りを滝川たきがわ用水が東西に貫流する。南は下茂木村、西は飯島いいじま村・後箇ごか村、北は南玉なんぎよく村。下茂木法蓮ほうれん寺旧蔵の文和三年(一三五四)四月八日銘の多宝塔(玉村中央公民館蔵)には「玉村本木郷法花別時結集帳」とあり、当時は上茂木・下茂木は一郷であったことを示す。天正七年(一五七九)宇津木左京亮は武田氏より「茂木之郷長井分」五二貫文など二八一貫文を与えられている(同年一二月二八日「北条高広奉書」宇津木文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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