上莇原村(読み)かみあざわらむら

日本歴史地名大系 「上莇原村」の解説

上莇原村
かみあざわらむら

[現在地名]新宮町上莇原

角亀つのがめ村の北、角亀川流域に位置し、揖西いつさい郡に属した。東は栗田くりた村、西は赤穂郡金出地かなじ(現上郡町)。上芥原村とも記した(寛永一三年「龍野領村々高辻帳」八瀬家文書)中世には下莇原村とともに莇原村とよばれた。「蔭涼軒日録」延徳二年(一四九〇)三月一日条に莇原村などの前年と前々年分の年貢は三〇〇余貫文とあり、京都相国しようこく寺雲頂院領であった。明応二年(一四九三)には莇原村庄主職に興椿副寺、下代官職に赤松政則被官の後藤藤左衛門尉則季が任じられ、その補任状が莇原村名主百姓中へ遣わされた(同書同年八月一九日条)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...

付和雷同の用語解説を読む