上蓮田村(読み)かみはすだむら

日本歴史地名大系 「上蓮田村」の解説

上蓮田村
かみはすだむら

[現在地名]蓮田市本町ほんちよう末広すえひろ一―二丁目・御前橋おまえばし一―二丁目・見沼町みぬまちようかみ一―二丁目・関山せきやま一―四丁目・ひがし一―六丁目・綾瀬あやせ桜台さくらだい一丁目

現蓮田市の南部にあり、蓮田台地南部、元荒川の右岸綾瀬川の左岸に位置する。南は下蓮田村、西は綾瀬川を隔てて足立郡別所べつしよ(現伊奈町)。正和四年(一三一五)四月一三日伊賀光貞は父頼泰から武蔵国「はす田」などを譲られ、嘉暦二年(一三二七)八月二四日幕府より外題安堵を受けた(正和四年四月一三日「伊賀頼泰譲状写」楓軒文書纂)。岩槻領に所属(風土記稿)。古くは下蓮田村と一村であったと思われるが、田園簿では上・下に分れており、田高一二七石余・畑高一八八石余、岩槻藩領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む