上銀谷村(読み)かみしろがねやむら

日本歴史地名大系 「上銀谷村」の解説

上銀谷村
かみしろがねやむら

[現在地名]吉見町上銀谷かみぎんや

谷口やぐち村の東に位置し、東は大和田おおわだ村。古くは南接する下銀谷村と一村で、銀谷村といい、銀屋とも記したが、貞享二年(一六八五)二村となった。地内薬師堂には嘉暦三年(一三二八)・至徳三年(一三八六)の板碑がある。この薬師堂に安置する薬師如来石像の腹籠に納められている古杉薬師が「しろがね」であることが村名の起りという(以上「風土記稿」「吉見町史」など)中世には大串おおくし郷のうちで推移した。永禄九年(一五六六)一〇月二四日、太田氏資は「大串之内銀屋不作、十七貫文之所」などを内山弥右衛門尉に与え(「太田氏資判物写」内山文書)、同一〇年一二月二三日には北条家が氏資の証文に任せて矢(弥)右衛門尉に同所などを安堵している(「北条家印判状写」同文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む