日本歴史地名大系 「上阿波村」の解説
上阿波村
かみあわむら
[現在地名]大山田村上阿波
山田郡の最東端、東・南は伊勢国に接する。標高五〇〇―七〇〇メートルの山に囲まれ、阿波川が当村東部の
建久元年(一一九〇)一二月一二日付源頼朝下文(東大寺続要録)に「山田郡内有丸并広瀬阿波杣山」とあり、東大寺領の阿波杣山の東部に発展した村である。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
山田郡の最東端、東・南は伊勢国に接する。標高五〇〇―七〇〇メートルの山に囲まれ、阿波川が当村東部の
建久元年(一一九〇)一二月一二日付源頼朝下文(東大寺続要録)に「山田郡内有丸并広瀬阿波杣山」とあり、東大寺領の阿波杣山の東部に発展した村である。
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