下刈村(読み)したかりむら

日本歴史地名大系 「下刈村」の解説

下刈村
したかりむら

[現在地名]秋田市金足下刈

下刈山東麓、小泉こいずみ村の北七町にあり、集落東方に水田が広がる。天正一九年(一五九一)の出羽国秋田郡御蔵入目録写(秋田家文書)に「志たかり村」とあり、慶長三年(一五九八)の御蔵入御物成納口之帳にも村名がみえ太閤蔵入地。

梅津政景日記」元和二年(一六一六)一月五日条に「御初野、朝ニ下苅山、晩ニ長岡ニて御鷹御遣被成候」とあり、集落西方の丘陵山林である。東方に広がる低地は藩政初期から開発がすすんだようで、同書の寛永八年(一六三一)一一月二日条の記録「下刈開ニ付御蔵ヘ状越申候覚」からわかる。正保四年(一六四七)の出羽一国絵図に二七八石とある。享保一五年(一七三〇)の「六郡郡邑記」は「下苅村 廿九軒」と記し、その支郷に大江寺おおえじ村・才野浜さいのはま村を記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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