日本歴史地名大系 「下勝田村」の解説 下勝田村しもかつたむら 千葉県:佐倉市下勝田村[現在地名]佐倉市下勝田上勝田村の西、高崎(たかさき)川の支流南部(なんぶ)川両岸を占める。中世は白井(しらい)庄の加納勝田のうち。天正一九年(一五九一)二月七日の下総国白井庄寒風村御縄打水帳(佐倉市保管文書)に入会地として下勝田地とみえる。「寛文朱印留」に佐倉藩領として村名がみえ、以後幕末まで同藩領。元禄郷帳では高三八九石余。寛延二年(一七四九)の佐倉藩領村高覚でも同高で、夫役永八九六文・茶園代永一〇一文・山銭鐚五貫二九三文・野銭永三五三文。町在御仕置帳乾(堀田家文書)によれば、酒々井(しゆすい)町(現酒々井町)助郷二七ヵ村の一。享和期(一八〇一―〇四)の佐倉七牧付村々高帳などによれば佐倉牧捕馬に際し水夫人足を差出し、勤高三八九石余。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by