下勢頭(読み)しもせいど

日本歴史地名大系 「下勢頭」の解説

下勢頭
しもせいど

[現在地名]北谷町下勢頭

上勢頭(かみせいど)地区の北西、石灰岩丘陵の西側緩斜面にある。もとは屋取集落で、北は野里(ぬざとう)村(現嘉手納町)、南は丘陵地帯、東は上勢頭(ういしーどう)、西は喜友名小(ちゆんなーぐわー)の屋取集落に接する。近世期、勢頭に形成された通称勢頭七組(佐久川組・稲嶺組・勝連組・喜友名組・瑞慶覧組・田仲組・与那覇組)という小屋取のうち、佐久川組によって創設された。屋取名はシチャシードゥとよばれ、シモセードゥとも呼称された。また一七三二―五三年頃に東氏佐久川家の先祖が最初に寄留したことから佐久川(さくがー)屋取ともよばれた(下勢頭誌)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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