下勾郷(読み)しもつまがりごう

日本歴史地名大系 「下勾郷」の解説

下勾郷
しもつまがりごう

和名抄」高山寺本に「下旬」、刊本に「下句」とあるが、ともに訓を欠き、いずれも下勾の誤りと考えられる。「日本書紀」崇峻天皇即位前紀七月条によれば、蘇我馬子・崇峻天皇・聖徳太子の連合軍が物部守屋一族を河内渋河しぶかわ(現大阪府)に滅ぼした際に、物部氏残党狩猟を装って「広瀬の勾原まがりのはら」に逃れている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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