下十川村(読み)しもとがわむら

日本歴史地名大系 「下十川村」の解説

下十川村
しもとがわむら

[現在地名]浪岡町下十川

浪岡川と川に挟まれ、羽州街道に沿い、北東目鹿沢めがさわ村、南西増館ますだて村に接する。下十川・川倉かわくら(通称カクラコ)派立はだちの三地区に分れている。

文明年間(一四六九―八七)に下富川といったといわれ(野沢村誌)、天正六年(一五七八)大浦(津軽)為信の浪岡攻めの記録には十川とある(津軽一統志)。「青森県租税誌」によれば、古くは十河村であったが、享保一二年(一七二七)下十川村と改めたという。正保二年(一六四五)津軽知行高之帳の田舎いなか郡の新田に下十川村高五四・〇六石とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...

付和雷同の用語解説を読む