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津軽 つがる

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

津軽
つがる

青森県の西半分にあたる地方の俗称。古くは津借と書き,蝦夷が松前から渡って津を借りて住んだとの説がある。 15~16世紀に南部氏が青森県全域を支配したが,16世紀末に大浦為信が津軽地方を統一し,津軽氏を名のって弘前藩をおいた。

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デジタル大辞泉の解説

つがる【津軽】

青森県西半部地域の称。
太宰治の紀行文的小説。昭和19年(1944)、小山書店「新風土記叢書」の第7巻として刊行。

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百科事典マイペディアの解説

津軽【つがる】

青森県西半部の呼称。かつての陸奥(むつ)国の一部で,戦国時代以後津軽氏が領有。江戸時代には弘前,黒石の2藩に分かれた。
→関連項目津軽塗

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世界大百科事典 第2版の解説

つがる【津軽】

青森県西半部の地域総称名。津刈,都加利,都加留,津加呂,東日流,東鍛流,東海路とも書く。呼称が先行し漢字をあてたとみられ,《日本書紀》斉明1年(655)7月11日条記事を初見として,正史その他に頻出する。阿倍比羅夫の北征時に津軽郡領を任命したとするが,古代国家では郡を制度化せず,11世紀末まで蝦夷地として扱い,出羽秋田城の管轄下においた。この間に水田耕作も不十分ながら展開した。12世紀初期,鎮守府と平泉の管轄の下で,津軽四郡および西浜,中浜,外浜,湊などの中世的領域を形成。

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大辞林 第三版の解説

つがる【津軽】

青森県西半部の地域の称。
(市名は仮名書き)青森県西部の市。津軽平野の北部を占める。津軽藩の新田開発により開かれた。日本海沿岸は屛風山びようぶさんとよばれる丘陵地帯。リンゴ・メロン・スイカを特産。

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日本の地名がわかる事典の解説

〔青森県〕津軽(つがる)


青森県西半部の地方名。古く『日本書紀』斉明(さいめい)天皇元年(655)に「津刈(つがる)」と見える。15~16世紀初頭の南部氏による支配を経て、戦国時代末期に大浦(津軽)氏が津軽を統一。明治維新まで領有した。1878年(明治11)の新郡区編制で東・西・中・南・北の5郡に細分され、現在は青森・弘前(ひろさき)・黒石(くろいし)・五所川原(ごしょがわら)・平川(ひらかわ)の5市と従前の5郡に10町・3村がある。県東半部の「南部」地方に対応する地域区分称。自然条件や地形などの違いから南部地方とは異なる方言・民俗がみられる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

津軽
つがる

青森県西半部の地域の古くからの呼称で、東半部の「南部」と対する。行政的には青森、弘前(ひろさき)、黒石、五所川原(ごしょがわら)、つがる、平川の6市と、東、西、南、北、中津軽郡の5郡の範囲である。津軽の名は『日本書紀』の655年(斉明天皇1)の条に津刈の蝦夷(えみし)に冠二階を授けたという記述が初めである。15~16世紀には南部氏が現在の青森県の全域を制したが、16世紀末に大浦(津軽)為信(ためのぶ)が南部氏を駆逐して津軽を統一した。以後、津軽氏弘前藩領として明治維新まで続いた。
 自然条件や産業文化などに南部とは異なった性格を示し、二つの地域には対立的な様相がみられる。それが生活面にも現れ、祭礼や方言の違いを示す。[横山 弘]
『森山泰太郎著『津軽の民俗』(1965・陸奥新報社) ▽和歌森太郎著『津軽の民俗』(1970・吉川弘文館)』

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世界大百科事典内の津軽の言及

【境】より

…(1)海中の島や岩などの目標物を境として漁場の範囲を示す場合,(2)水面の面積や陸からの距離の計測による場合,(3)いわゆる〈山アテ〉や〈見通し〉のように陸上の目標物によって境界線を定める場合,(4)海路(うなじ)(沖合を通る航路)を境界線とする場合,(5)湖とか湾の真ん中を境とする場合,の五つの基本的な方法によって漁場の境が決められたようである。 以上のようなさまざまな境に対して,日本の国土・領域の境界はどのように意識されていたのかといえば,《妙本寺本曾我物語》などにみられるように,日本国の〈四至〉は,南限は熊野,北限は佐渡嶋,東限はアクル・津軽・蛮(へそ)嶋(夷島(えぞがしま)=北海道),西限は鬼界・高麗・硫黄嶋であると観念されていた。これはもちろん観念上のことであり,鎌倉幕府の軍事・警察権が高麗(朝鮮)にまで及んでいたわけではけっしてない。…

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