下古寺村
しもふるてらむら
[現在地名]小川町下古寺
青山村の南東、槻川の右岸に位置し、南東は上古寺村。玉川領に属した(風土記稿)。古くは上古寺村と一村で古寺村と称したという。田園簿では田高三二石余・畑高二二石余、ほかに紙舟役永三〇〇文が課せられ、幕府領。元禄郷帳では高六二石余、国立史料館本元禄郷帳では旗本肥田領。以後、同領で幕末に至ったと思われる(「風土記稿」「郡村誌」など)。検地は寛文八年(一六六八)に行われた(風土記稿)。文化一四年(一八一七)には高六一石余、反別は八町二反余、家数二〇・人数一〇九、うち一〇軒が紙漉を行っており、前出紙舟役のほかに紙売出役銭四八文を納めていた(「村書之控」横川家文書など)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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