下堂観村(読み)かどうかんむら

日本歴史地名大系 「下堂観村」の解説

下堂観村
かどうかんむら

[現在地名]猪苗代町千代田(ちよだ)

北高野(きたこうや)村の南西に位置し、川西組に属した。地内を小黒(おぐろ)川が南流する。のち嘉堂観と記した。東方には小名打越(うちこし)があったが、同所は幕末頃には分村、南土田(みなみはにた)村となった。文禄三年(一五九四)の蒲生領高目録では猪苗代郡のうちに下道観とみえ、高六三九石余。「新編会津風土記」によると家数三〇。鎮守は日光(につこう)神社(現二荒山神社)。用水は土田堰や上山下(かみやましも)堰を利用した(猪苗代町史)。天保郷帳では高八八七石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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