土田堰(読み)はにたぜき

日本歴史地名大系 「土田堰」の解説

土田堰
はにたぜき

猪苗代町川上かわかみ集落の南、下川上で長瀬ながせ(上流は古くは檜原川と称した)から取入れる用水で、流域約九一四ヘクタールを灌漑する。「猪苗代町史」「土田用水堰沿革史」などによると、会津松平藩藩祖保科正之を祀る土津はにつ神社の神料田として開かれた土田新田村の用水確保のために開削された用水で、延宝三年(一六七五)に竣工した。「新編会津風土記」によると、「八万の人夫を催し、川東組渋谷村の境内にて檜原川を引き、磐梯山の腰を鑿り八千六百間の渠を」通じ、「長坂新田・渋谷・見禰三村を過ぎ、見禰山の社地より猪苗代城下原野を経て」大谷おおたに川支流の小屋こや川に落水した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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