下大塚新田(読み)しもおおつかしんでん

日本歴史地名大系 「下大塚新田」の解説

下大塚新田
しもおおつかしんでん

[現在地名]黒磯市佐野さの

南は練貫ねりぬき(現大田原市)、西は三本木さんぼんぎ村・上大塚新田、北は入会原野大輪地おおわじ原。元禄郷帳に村名がみえ幕府領。奥州街道鍋掛なべかけ宿の助郷村で勤高三九石余(黒磯市誌)。天保年間(一八三〇―四四)の家数一(改革組合村)疫病の流行により一戸に減ってしまったらしく、幕末には廃村となったという。嘉永二年(一八四九)の「下野国図」には無民家と記されるが、安政六年(一八五九)年貢皆済目録(室井昭文書)では、小物成永三文六分、口永一分などとある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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