下大屋村(読み)しもおおやむら

日本歴史地名大系 「下大屋村」の解説

下大屋村
しもおおやむら

[現在地名]前橋市下大屋町

赤城山南面台地に位置し、南は荒子あらこ村、西は泉沢いずみさわ村、北は上大屋村(現勢多郡大胡町)、東は西大室にしおおむろ村。寛文郷帳に田方九二石九斗余・畑方七二石九斗余とあり、「但松林雑木林在」と注記される。天明二年(一七八二)の前橋藩領村々明細(井田文書)によれば、田一四町八反余・畑五三町二反余、家数七一、男一四二・女一三九、うち下男・下女二、馬一二。天保四年(一八三三)当村の鯉登豊前は東大室村の清兵衛から、村の永続金として七五両を借用し、年に三回二両ずつ、一六年季で返済すると証文を入れている(「永続金借用証文」松村文書)。慶応四年(一八六八)には家数六三、男一二九・女一三六、ほかに祠官・山伏各一(宗門人別帳「前橋市史」所収)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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