下妙典村(読み)しもみようでんむら

日本歴史地名大系 「下妙典村」の解説

下妙典村
しもみようでんむら

[現在地名]市川市妙典三丁目・下妙典・大和田おおわだ四丁目など

本行徳ほんぎようとく村の東に位置する。同村でいったん東方に折れ、再び北東方に向きを変える行徳経由の佐倉道が通る。集落は同道に沿って街村を形成、北東に上妙典村の集落が続いた。古くは上妙典村と一村で妙典村と称していたが、のち二村となった。しかしその後も郷村帳類では妙典村一村で高付される場合もあった。江戸時代は幕府領で推移した(旧高旧領取調帳など)。寛文期(一六六一―七三)と推定される国絵図には妙典とみえ、元禄一三年(一七〇〇)頃の下総国各村級分でも妙典村として高二八四石余。上妙典村とともに塩浜付の村方で、近世初頭から製塩を行っていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

苦肉の策

敵を欺くために、自分の身や味方を苦しめてまで行うはかりごと。また、苦しまぎれに考え出した手立て。苦肉の謀はかりごと。「苦肉の策を講じる」...

苦肉の策の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android