下崎村下分(読み)しもさきむらしもぶん

日本歴史地名大系 「下崎村下分」の解説

下崎村下分
しもさきむらしもぶん

[現在地名]騎西町下崎

騎西町場きさいまちばの南に位置し、西は下崎村上分。もとは上分と一村で、正保四年(一六四七)検地の際分村したという(風土記稿)。現栃木県日光市輪王りんのう寺蔵の大般若経巻第一四九の応永三年(一三九六)付奥書に「武州崎西郡葛浜下崎郷光明寺」とみえる。田園簿では下崎村一村で高付され、田高六四七石余・畑高三八六石余、川越藩領。領主変遷は騎西町場に同じ。寛文四年(一六六四)の河越領郷村高帳では下崎下分の高五一一石余、反別は田方三三町三反余・畑方二〇町六反余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む