下平作村(読み)しもひらさくむら

日本歴史地名大系 「下平作村」の解説

下平作村
しもひらさくむら

[現在地名]横須賀市阿部倉あべくら

上平作かみひらさく村の西南に位置し、西は木古庭きこば(現三浦郡葉山町)、南は長坂ながさか村・芦名あしな村に接する。村内を浦賀うらがより鎌倉に通じる往還が通り、その継立場があった。古くは上平作・池上いけがみとともに平佐久ひらさくとよばれ、室町時代には山内上杉氏が相伝していた。「風土記稿」によれば延宝年間(一六七三―八一)に分村したという。寛文二年(一六六二)の高三二五石二斗余、反別四三町八反余、うち田方二二町七反余・畑方二一町一反余、本百姓数三四、人数一八一、うち男八四・女七九・一〇歳以下の子供一八、馬一六、牛三二(「家別人数高反別牛馬数書上帳」県史六)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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