下平柳村(読み)しもひらやなぎむら

日本歴史地名大系 「下平柳村」の解説

下平柳村
しもひらやなぎむら

[現在地名]川西町下平柳

鬼面おもの川左岸にあり、北は洲島すのしま村、東は夏苅なつがり村・上平柳村(現高畠町)、西は吉田よした村。もと平柳郷のうちで、これが上・下に分れたと思われる。永正一三年(一五一六)六月一八日の山岸長門守宛の伊達稙宗安堵状案(伊達家文書)では小梁川又四郎より購入した「上長井平柳郷」の坂水さかみず(現下平柳)にある在家一宇を安堵されているが、同状には「上平柳」ともみえることから、この平柳郷はのちの下平柳をさすと思われる。天文七年(一五三八)の段銭古帳の上長井庄のうちに「十四貫八百廿五 下ひら柳」とある。


下平柳村
しもひらやなぎむら

[現在地名]伊奈村下平柳

中平柳なかひらやなぎ村の東にあり、南部小貝こかい川が東流。「寛文朱印留」によれば下総佐倉藩大給松平氏領であったが、享保三年(一七一八)に土浦藩土屋氏領(谷原下郷組)となり廃藩置県に及ぶ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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