下平野村(読み)しもひらのむら

日本歴史地名大系 「下平野村」の解説

下平野村
しもひらのむら

[現在地名]北波多村大字下平野

小郷こご(田中川)と下平野川との合流点にある小盆地の村。中世はこの地一帯を平野郷と称した(→上平野村。慶長絵図に「平野村高六百二十六石三斗七升五合」と記し、藩政初期までは上平野・下平野・小平野は一つの村とされた。藩政中頃三村に分けられる。

周辺の山麓地帯からは先土器期から縄文期の黒曜石製の石鏃や、その原石が発見され、住民が居住していたことが推定される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む