日本歴史地名大系 「下広河」の解説
下広河
しもひろかわ
現広川町西部から筑後市東部にかけての一帯、広川下流域に比定される広域名。広川庄の西部を占める。天文五年(一五三六)一二月一三日の大友氏年老連署奉書写(大友家文書録/大分県史料三二)によれば、
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
現広川町西部から筑後市東部にかけての一帯、広川下流域に比定される広域名。広川庄の西部を占める。天文五年(一五三六)一二月一三日の大友氏年老連署奉書写(大友家文書録/大分県史料三二)によれば、
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...