下庄内村(読み)しもしようないむら

日本歴史地名大系 「下庄内村」の解説

下庄内村
しもしようないむら

[現在地名]榛原町勝俣かつまた

道場どうじよう村の北に位置する。当村の田地低地にあるため出水満潮が重なると冠水、集落は山裾微高地にある。文禄二年検地高目録に村名がみえ、高八二六石余。寛永二一年(一六四四)掛川藩領となる(同年掛川領三万石郷村高帳)正保郷帳では田方七一五石余・畑方一〇六石余、掛川藩領、ほかに成願じようがん(現曹洞宗)領二石余・加島かしま大明神(現鹿島神社)領二石余がある。寛文四年(一六六四)の井伊直好領知目録(寛文朱印留)、国立史料館本元禄郷帳、享保郷村高帳でも掛川藩領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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