下打墨村(読み)しもうつつみむら

日本歴史地名大系 「下打墨村」の解説

下打墨村
しもうつつみむら

[現在地名]鴨川市打墨

八色(やいろ)村の西、金山(かなやま)川左岸に位置する。石井光雄氏が所蔵する建長五年(一二五三)九月一四日の胎蔵界沙汰付小野延命院次第奥書に「長佐郷打墨□」とみえ、筆師肥前公法鑁が当地で書写し、同月二〇日当地で金剛界鑁口伝も書いている(金沢文庫蔵「金剛界鑁口伝」奥書)。慶長二年(一五九七)の安房国検地高目録には池田打墨(いけだうつつみ)村とみえ、高二千四四三石余(うち田方一千四九八石余)、里見氏直轄領。同一一年の里見家分限帳には打墨村とあり、高八七九石余で、同氏直轄領。正保郷帳でも打墨村として高七一七石余、うち田方四六一石余・畑方二五五石余。四七八石余が幕府領、二三九石余が旗本内藤領。元禄七年(一六九四)内藤氏は嗣子がなく断絶。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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