下柳渡戸村(読み)しもやなぎわたりどむら

日本歴史地名大系 「下柳渡戸村」の解説

下柳渡戸村
しもやなぎわたりどむら

[現在地名]尾花沢市下柳渡戸

原田はらだ村の南東丹生にゆう川右岸に位置し、東は上柳渡戸村軽井沢かるいざわ越仙台道沿いに集落が発達。

元和八年(一六二二)山形藩領となり、寛永二〇年(一六四三)以降は幕府領。寛永一三年の保科氏領知目録では柳渡戸下村とみえ、高一〇三石余。正保郷帳では柳渡戸村とみえ、同高。正徳二年(一七一二)の村明細帳写(玉野村史)によれば本田畑高二二二石余、免は二ツ一分余から二ツ二分余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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