日本歴史地名大系 「下梶屋村」の解説 下梶屋村しもかじやむら 熊本県:鹿本郡鹿本町下梶屋村[現在地名]鹿本町梶屋(かじや)内田(うちだ)川の右岸にあり、東から南にかけて同川を挟んで菊池郡水島(みずしま)村・寺町(てらまち)村(現七城町)、北は玉名(たまな)郡上梶屋村、西から南は同郡上中富(かみなかどみ)村・袋田(ふくろだ)村と接する。近世は玉名郡中富手永に属した。寛永一六年(一六三九)の下鍛冶屋村地撫帳には、田二二町六反三畝余・畑五町四反一畝余、高三三四石九斗余、庄屋以下一七名の有高百姓の名がみえ、かきそえ・五反田・おき・水あらいなど約五〇の田字、八反た・中又・川原・その畑など一八の畑字がある。宝暦一四年(一七六四)の下ケ名寄帳では総畝二九町七畝余・高三三七石八斗余であるが、同年の地引合帳には上知・御給知分が三三四石九斗余で田二一町八反余・畑四町三反九畝余とある。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by