下正善寺村(読み)しもしようぜんじむら

日本歴史地名大系 「下正善寺村」の解説

下正善寺村
しもしようぜんじむら

[現在地名]上越市下正善寺

中正善寺村の南東に位置し、正善寺川が流れる。正保国絵図、延宝七年(一六七九)の越州四郡高帳では正善寺村に含まれる。分村の時期は不明だが、天和三年郷帳に下正善寺村がみえ高八五石七斗余。蓮浄寺本によると高のうち二石七斗五合は野高、一斗五升は漆高。元禄郷帳によると当村は中正善寺村の枝郷で高八九石九斗余。山王社・熊野権現・長坂(ちようはん)寺・観音堂がある(頸城郡誌稿)。長坂寺の本寺は直江津(なおえつ)の曹洞宗徳泉(とくせん)寺。本尊は伝春日作正観音。同寺はもと正善寺末一四子院の一つで、大同二年(八〇七)の創立と称する。その後空海廻国の際真言宗となり、南北朝初期に天台宗に転じた。これより先寿永年中(一一八二―八五)木曾義仲がその護持仏(本尊正観音)を同寺に納め堂宇を修築。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む