下津具南方村(読み)しもつぐみなみかたむら

日本歴史地名大系 「下津具南方村」の解説

下津具南方村
しもつぐみなみかたむら

[現在地名]津具村下津具

津具川の南北両岸に広がる村。北方村とは田畑・百姓家が入混り、境域は判然としない。寛永七年(一六三〇)検地で八六石余を検出。元文五年(一七四〇)の上津具村山方差出帳(上津具区有)に「高六石八斗九升八合、当村より梛野分エ永出作」「当村之内ニ下津具南方分梛野高拾三石六斗四升八合入込、則百姓三軒ニ而相勤罷有候」とあり、瀬戸せと川と本沢ほんさわ川の間、上津具町方かみつぐまちかたの町場の北に下津具村出郷として泙野なぎのがつくられた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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