下津橋村(読み)しもつばしむら

日本歴史地名大系 「下津橋村」の解説

下津橋村
しもつばしむら

[現在地名]西区玉津町出合(たまつちようであい)・中野(なかの)一―二丁目

櫨谷(はせたに)川が明石川に合流する地点の同川右岸に位置し、南は吉田(よしだ)村。村内を三木への道が通る。出合(合流の意)という地名が地内にあり、村内を貫流する明石川を出合川ともいった。文明一三年(一四八一)九月日の上月満吉所々知行分目録案(上月文書)に明石「下津端内余田半済」とみえ、地内の余田の半済分を知行していた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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