下海印寺村(読み)しもかいじむら

日本歴史地名大系 「下海印寺村」の解説

下海印寺村
しもかいじむら

[現在地名]長岡京市下海印寺(しもかいいんじ)・泉(いずみ)が丘(おか)

東は友岡(ともおか)村、南は円明寺(えんみようじ)村(現乙訓郡大山崎町)、西は金(かね)ヶ原(はら)村。康永三年(一三四四)の寂照院仁王像胎内文書に海印寺の地名があり、次いで大永二年(一五二二)の小塩荘帳(寛文一〇年写、九条家文書)に「おくかいせ村」と並んで「下かいせ」の地名が現れることから、この間に分村したものと思われる(→奥海印寺村)。

江戸時代の村高二一四・八石余はすべて伏見宮家領(宝暦七年山城国高付帳)。明治一〇年代の「京都府地誌」は字地として「横山・伊賀本・上内田・菩提寺・北栄」を記し、池は「東条池・西山田池・西明寺池」を記す。菩提寺(ぼだいじ)・西明寺(さいみようじ)は地名のみであるが、旧海印寺と関連するのかもしれない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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